デザインからアートへ私の活動領域を転換するうえで、手法や態度が違えど、根本的に私自身が人に伝えたい・表現したいコンセプトは変わらないんだと思います。私は昔から、わたしたち”人”が日々営んでいる様々なこと、モノの奥に潜む膨大な人間の労力、それらが蓄積されて世界が構築されているという現実、それら全てに対して、狂おしいほどの愛おしさを感じてきました。なぜだかはわからないです。しかしデザイナーとして仕事をする時も、必ず目につくのは企業や人が積み上げた小さなこだわりの集積であって、それらの魅力や価値を責任を持って見せていきたいという使命のようなものをどこか心の奥に宿しながら制作を行っていました。遡ると、多摩美術大学在学時の作品もそういったテーマが多かった。”モノ”単体よりも、”人々が積み上げた事実を含んだモノ”に対して、私は強く惹かれる様です。惹かれると同時に、他者にも伝えることで初めて、自身が惹かれたエネルギーが初めて報われた様な気がして、自分に課せられた責任を全うできたと感じていました。
土壌をデザインからアートに変えることの大きな違いは、テーマをクライアントからいただいて受動的に制作するのではなく、私自身が自発的に気になる題材で制作を行い発信することになるということです。手法は様々なものにはなると思いますが、ずっと自分の中で抱えてきたエネルギーを自由に作りだせる環境に移ることは、大きな期待感と共にうまくいくのかどうか、といった不安や恐怖感とが双方入り混じる感情が混在しています。また同時に、そもそも自分がその大きな挑戦が出来る環境にいるということの贅沢さと有り難さも感じており、現在置かれている自分の現実を噛み締めながら、これからの人生を時間をかけてじっくりデザインからアートへと切り替えながら作り上げたいと考えています。2009年に多摩美術大学を卒業し、その後デザイナーとして22歳から現在の35歳までひたむきに奔走してきました。自分なりのベストを毎度デザインの仕事に込めていたつもりです。今後はアートという新しい土壌で、改めて勉強のし直しは行いつつも、これから作るたくさんの作品を通じてコミュニケーションしていきたいと思っています。
私が魅力を感じる”蓄積”についてもう少しだけ説明すると、世の中には、"人が日々労力をかけ作り上げたもの"で溢れかえっています。例えばポストに入っていたら見ずに捨ててしまうようなチラシであっても、その裏にはチラシを作るためにライターやデザイナー、カメラマンといった様々な人が関わっていたり数ヶ月何度も確認と調整を繰り返すような過程を経たものがチラシという姿で存在しています。ものが出来上がる過程に対してじっくり目を向けると、そういったものが見えてきます。そんな出来上がったチラシを私は、人の生命の営みの行為そのもののようだと感じるのです。チラシだけでなく全てのものに対して同様のことが言えますが、それらに囲まれているこの現実に、自然を感じ、木や森にいるような感覚を彷彿とさせる、生命の営みを垣間見るのです。
そうやって労力をかけて作り上げられた"もの"は、あるときは一瞬のうちに、あるときは一定時間保管された後に断捨離として捨てられます。また人の記憶に残ったり、そして忘れ去られ、そしてまた新しく作られたものに入れ替えられたりします。人が健康に生きるためにも、"もの"の新陳代謝は過去から現在まで絶え間なく繰り広げられてきました。
世界中のあらゆる場所で、太古の昔人が誕生したその時から現在まで、
人が労力をかけて作り上げたものたちでこの世の中は溢れかえっています。
私はそんな愛おしい存在にこれから改めて着目したいと思っています。
2022年6月11日
早川 弘佳